フィリピン紀行「“鎮魂”に刻む思い ―最初の特攻の舞台より―」
内藤大吾
私が住む愛媛県四国中央市に、ある人物のお墓があります。関行男(せきゆきお)海軍中佐、最初の特攻隊員です。
先の大戦で、関中佐率いる敷島隊の5名は、フィリピン北部のマバラカット飛行場から飛び立ちました。そして、レイテ沖海戦にて、米軍空母セント・ローに体当たりし、これを撃沈しました。
この目覚ましい戦果に始まり、世界に類を見ない必死の特攻を、多くの将兵が行ないました。
しかし、日本は戦いに敗れました。戦中は「軍神」とうたわれた関中佐ですが、敗戦直後は、後に続いた特攻隊員の死の責任を問われ、遺族は長い間、隠れるように生きざるをえませんでした。
先日、フィリピンに住む信仰の友を訪ねた際に、私は慰霊の祈りを捧げたいと願い、マバラカットの飛行場跡を訪れることにしました。
戦争とは無縁のはずだったフィリピンですが、一般人を含めて100万人以上といわれる犠牲者が出ました。「日本を恨んでいるのでは」と思いつつ向かいました。
残されていた足跡
飛行場跡には、地元のフィリピン人が築いた「神風東飛行場跡」という広場があり、その中心には関中佐を模した特攻隊員の銅像が建っていました。近くには、市の観光局が英語と日本語で、特攻の歴史的事実を通じて平和と友好の尊さを訴えた看板があります。
その中に、「かつて、マバラカット住民とフィリピン全体を苦しめ束縛していたものから解き放す重要な原因として、神風搭乗員の誕生と終焉(しゅうえん)があることを誰が想像したでしょう」という文言がありました。
何百年も欧米諸国に統治されてきたフィリピンの人々は、同じアジア人でありながら、米国と命がけで戦った日本人の姿に、希望を見出したのでしょうか。
意外な言葉に驚きながら、私は近くの歴史博物館を訪ねました。館長のロニー・デラクルスさんという、40代の歴史学者が案内してくださいました。
この博物館を自力で築いた方で、私たちに「ここはフィリピン国内で唯一、戦争にかかわった誰もが私たちと変わらない、普通の人間だったということを伝える博物館です」と言われました。
館内には、日本の遺族から託された遺品や、土中から出てきた遺物が展示されていました。そして中庭には、「鎮魂」と漢字で、ロニーさんが自ら刻んだ石碑がありました。その意をこう語られました、
「この地域には、いまだ故国に帰れずにいる英霊が多くおられます。大勢の人がここに祈りに来ます。ここは博物館ですが、私は祈りの場にしたいのです」
ロニーさんは続けて言われました、「私の祖父はアメリカ軍の指揮下で戦い、日本人に射殺されたのです」。私は思わず質問しました、
「おじいさんが日本兵に殺されて、日本を恨んでいてもしかたがないのに、なぜこれほどのことを日本のためにしてくださるのですか」と。
ロニーさんは答えました、「私が歴史家として駆け出しの頃 、門司親徳(もじちかのり)少佐という、フィリピンで特攻を指揮した大西瀧治郎(たきじろう)中将の副官と、日本で会う機会がありました。会うとまず門司さんは頭を深く下げ、『あなたの家族に起こったことは、申し訳ありませんでした』と言われました。その真摯(しんし)な姿と真心に、私は心を打たれました。私はそれ以来、パパ・モジと呼ばせていただき、親しく交わりました。
その時に、どの国の兵士も、私やあなたと何も変わらない、普通の人なんだと知りました。また、あの戦争は日本が望んで起こしたものではなく、日本も時代に巻き込まれたのだ、ということも知りました。
お互いの正当性を主張するだけでは、憎しみしか残りません。でも誰もが願っていたのは、平和な時代です。だから、この博物館を訪れる方々には、平和を願って戦い、死んだ人を記憶してもらいたいのです」と。
博物館を去る時、ロニーさんが建てた鎮魂碑を前にして祈りました。博物館のある一帯は、今でも遺骨が発見されるような、激戦地だった場所です。
手を合わせると、兵士たちの魂の存在を、グッとそば近くに感じました。「祖国のために」「天皇陛下のために」「家族のために」、頭上に広がる青い空へ飛び立っていった、そしてまた、ここに眠っている兵士たちの想いが、胸に響いてくるようでした。
「その時、公平は荒野に住み、正義は良き畑にやどる。正義は平和を生じ、正義の結ぶ実はとこしえの平安と信頼である。わが民は平和の家におり、安らかなすみかにおり、静かな休み所におる」
(イザヤ書32章16~18節)
自分では見ることのない、未来の平和を願いつつ散った英霊の想いは今、ロニーさんやフィリピンの人々の中に刻まれている。そう感じ、私も英霊が願った世を築く一人としてください、と祈りました。
この想いを抱きつつ、兵士たちが帰れなかった日本へ向かい、飛び立ちました。
本記事は、月刊誌『生命の光』799号 “Light of Life” に掲載されています。