童話「魔法のメガネ」【動画と朗読音声つき】
【朗読音声】
くろぶちメガネのよしおくん。このごろ、心はくもりマーク。お母さんの病気がよくならなくて、元気が出ないのです。学校でも、友達とうまくいきません。
ある日、学校からとぼとぼ家に帰っていると、おや、いつもの道に、見かけないお店があります。
「あれ、こんな店あったっけ?」
ちらっとのぞいてみると、メガネ屋さんです。
「おやおや、君、いいメガネをしているね」
「うわっ! びっくりした。おじさん、急に話しかけないでよ!」
とつぜん、目の前に白いひげのおじさんが立っていました。
「ふぉっふぉっふぉ、すまんすまん。おどろかすつもりはなかったんじゃ。この店は、たまに開けるんじゃ。今日は久しぶりじゃよ」
そのお店の名前は、「まほうのめがね屋」
なんだか、へんてこな名前です。
「君のメガネを見せてごらん。おどろかせたおわびに、おもしろい魔法をかけてあげよう」
「魔法?」
そう言って、おじさんはよしおくんのメガネを持って、お店の中に入っていきました。
しばらくすると、おじさんはピカピカになったメガネを持って出てきました。
「さあ、できた。このメガネをかけてごらん」
メガネをかけて、よしおくんはおどろきました。町の建物や木、犬や猫も、みんな悲しそうに見えるではありませんか。
「何これ? おじさん、メガネに何したの?」
「ふぉっふぉっふぉ。そのメガネは、君の心を映しているんじゃ。君の心がくもっていれば世界は暗く見えるし、明るければ、すべてが輝いて見えるんじゃよ」
そう言っておじさんは、とつぜんおかしな顔をしました。よしおくんが思わず笑うと、
「ほら、もう一度、町を見てごらん」
とおじさんが言います。
振り返ってびっくり。さっきまで悲しそうにしていた町が楽しそうに見えます。建物も木も、みんな笑っているようです。
「どうじゃね。おもしろいじゃろう」
「うーん。なんだか、へんてこなメガネだけれど、まあいいや。ちょっと使ってみる」
そう言って、よしおくんは家に帰りました。部屋でマンガを読んで笑っていると、部屋の壁や机まで、けらけら笑っているようで、おかしくってしょうがありません。
「このメガネ、おもしろい! 久しぶりにこんなに笑った」
次の日、よしおくんは、元気よく学校に出かけていきました。
「行ってきまーす!」
「おや、よしお。今日は元気いっぱいだね」
お父さんも、いつもより喜んで送り出してくれました。学校の友達も、元気いっぱいのよしおくんを見て、うれしくなりました。
メガネから見える世界じゅうが、なんだか楽しそうです。病院にお母さんのお見舞いに行くと、いつも暗く見えるお部屋が、ぽかぽかしていて、オレンジ色に見えます。
「あら、よしお、来てくれたのね。何かいいことがあったの? 笑顔がよくなった」
よしおくんは、メガネ屋のおじさんの話や、魔法のメガネのこと、すべてのものが輝いて見えることをお母さんに話しました。ニコニコしながら聞いてくれるお母さんの顔が、天使のように見えました。
ところが、しばらくすると、お母さんの病気が悪くなってしまい、お見舞いに行っても、会わせてもらえなくなってしまったのです。病院の帰り道、町じゅうがどんより暗く見えるし、鳥や草花も泣き悲しんでいるようです。
学校に行っても、家でマンガを読んでもゲームをしても、ちっとも楽しくありません。太陽がのぼっても、世界がくもって見えます。
「こんな、へんてこなメガネをかけてるから、ダメなんだ! あのおじさんに言って、もとのメガネに戻してもらおう」
よしおくんは、急いでメガネ屋さんに行きました。お店に着くと、
「ふぉっふぉっふぉ」
と笑い声がしました。
「来たね。君がそろそろやって来るんじゃないかと思って、店を開けておいたんじゃよ」
「おじさん、このメガネをもとに戻して!」
よしおくんは、かけていたメガネをおじさんに渡しました。
「おやおや、また世界がくもって見えるんだね。よくお聞きなさい。このメガネの魔法は、とっくにきれておるんじゃ」
「ええ? そんな……」
「忘れたのかい? 大切なのは心じゃ。君の心が、世界を幸せにすることができるんじゃよ」
そう言われて、よしおくんは魔法のメガネをかけたばかりの、楽しかった時のことを思い出しました。みんながニコニコしていた日々を。
「さあ、信じるんじゃ。君の心が光りだせば、世界が輝くことを」
そう言って、おじさんは受け取ったメガネをよしおくんに返しました。お店を出る時、よしおくんの胸に、おじさんの言葉が響きました。
(君の心が、世界を幸せにすることができる)
「よし!」
外に出て、よしおくんはグッと閉じた目を、パッと大きく開いて、町を見ました。風はすがすがしく、鳥たちや木や草花も、よしおくんを応援しているようです。
次の日。
「行ってきまーす!」
「おお、今日は元気いっぱいだな、行ってらっしゃい!」
お父さんも、またニコニコ笑顔になりました。学校のみんなも、教室も明るく見えます。お母さんには会えないけれど、よしおくんの心は負けませんでした。
長い時間がたちました。よしおくんのお母さんはすっかりよくなって、退院することができました。よしおくんは、うれしくってうれしくってしかたがありません。お父さんもお母さんも、家じゅうが輝いて見えます。
「よしおは、お母さんがいない間も、よくがんばったもんな。お父さんも、よしおから元気をもらったんだよ」
「お母さんもよ。ありがとう」
お父さんとお母さんからほめられて、よしおくんは照れくさそうに言いました。
「ぼくじゃないよ、ぼくの心が世界を幸せにしたんだよ」
(おしまい)
文・いとう すみお
絵・ほり はつき